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ピースおおさかの展示リニューアルおよび組織改編に関する申入書


2013年11月21日    
大阪府府民文化部長   大江 桂子 殿
大阪市教育委員会教育長 永井 哲郎 殿
ピースおおさか館長   岡田 重信 殿
ピースおおさか展示リニューアル監修委員長 橋爪 紳也 殿
大阪歴史科学協議会     
委員長 村田 路人    

ピースおおさかの展示リニューアルおよび組織改編に関する申入書

 9月13日に公表された展示リニューアル基本設計(中間報告)、および、10月19日に、ピース
おおさかに府民・市民の声を!実行委員会事務局(大阪歴史科学協議会も事務局の構成団体)に対
して館長が示した、ピースおおさかの公益財団法人化による組織改編について、下記の通り、意見
と要求を申し入れます。ついては、貴職においてご検討いただいたうえで書面で回答いただくと共
に、この問題について協議の場を設けていただきますようよろしくお願い申し上げます。



1.ピースおおさか展示リニューアル基本設計「中間報告」について
(1)「設置理念」からみた「中間報告」の問題点
 ピースおおさか「設置理念」(1991年9月)では、大阪空襲において市街地の主要部が廃墟と化
し多くの人々が亡くなったことを起点に、十五年戦争下のアジア・太平洋地域の人々や植民地下の
朝鮮・台湾の人々にも多大の危害を与えたことなどが謳われ、そのような歴史的事実をふまえて当
館が大阪における戦争被害者の追悼の場として、平和に向けての新たな地域的取り組みを行うこと
が述べられている。
 この設置理念は、現在の私たちに今なお様々な示唆を与えてくれるように思われる。
 第一に、十五年戦争を、アジア・太平洋地域という世界史的視点で捉えることの重要性である。
例えば、大阪空襲においてなぜ戦略爆撃という方法が採用されたのか、あるいは大阪空襲の犠牲者
になぜ朝鮮人や中国人の方々が含まれていたのかという点だけを考えてみても、この視点が重要で
あることは言うまでもない。と同時に大阪からも、例えば大阪師団の中国・南方戦線への出征、在
華紡をはじめとした大阪資本の中国市場進出、満蒙開拓団の入植など、日本の大陸政策と中国大陸
への侵略にからむ形で大規模な「人の移動」が起きている点も指摘しておかねばならない。
 しかし今回の「中間報告」では、「世界中が戦争をしていた時代」(B)という展示が、大阪空襲
と戦時下の暮らしの背景としておかれているが、このような一般的で戦争を引き起こした主体を曖
昧にするような時代認識に解消するのではなく、アジア・太平洋地域で日本の侵略を軸として行わ
れた戦争であるということの意味を上記の点から改めて考えてみる必要があるのではないか。
 第二に、アジア・太平洋地域で行われた十五年戦争には、「被害」と「加害」の両側面があったと
いう点である。言うまでもないことだが、十五年戦争の下では、総力戦遂行の目的にそって[行政・
軍隊、経済、教育、地域組織]などの分野で大規模な戦時的再編が行われ、それをテコに地域住民
の戦争への動員が行われてきた。現在のピースおおさかの展示に即して言えば、警防団・防空演習、
大阪陸軍造兵廠の拡張、勤労動員・学校教練、隣組などがそれを具体的に示す素材と言えよう。
 しかしながら「中間報告」では、人々を戦争に動員していく上で欠かせないこれらの要素のうち
[行政・軍隊、経済、地域組織]についてほとんど言及がないため、人々の戦争動員・戦争協力に
ついても全く描かれることなく、結果的に当時の実態とはかけ離れた「戦時下の大阪の暮らし」が
浮かびあがることになる。人々の戦争動員や戦争協力、そしてそれに関わる行政・軍隊などの問題
は、見落とされがちだが、戦争の「被害」と「加害」の問題を考える上でも重要な問題である。
 第三に、アジア・太平洋地域に拡大した十五年戦争における「被害」と「加害」の両面を、大阪
という地域に即して再構成することも求められる。例えば、前出の大阪師団、大阪資本、満蒙開拓
団など大阪からアジア・太平洋地域への「人の移動」、それに対して、特に1920年代以降に大阪に
やってきた多くの朝鮮半島の方々が戦時期には軍需産業の労働力として動員されたことなど、アジ
ア・太平洋地域から大阪への「人の移動」について、それがいかに戦争の推進力となり、またそれ
がいかなる被害をもたらしたのかについて考えることも、大阪空襲の特徴を考える上で重要な要素
であると思われるのである。
 第四に、「戦争被害者の追悼の場」であるということの重みである。本館には「刻の庭」という大
阪空襲の追悼施設があるが、それだけではなく戦争被害者の戦後を展示で詳しく紹介することも必
要である。例えば、大阪空襲死没者名簿に関わる展示の充実、大阪空襲戦災者・遺族をはじめとす
る戦争被害者の戦後の展示、大阪市・府内に残されている戦争追悼施設の紹介などがあげられよう。
 以上のように、ピースおおさかの「設置理念」には、今回の展示リニューアルを考える上でも重
要な示唆がなされている。貴職におかれては、この「設置理念」の趣旨を活かした展示リニューア
ルを行われることを切にお願い申し上げたい。

(2)「展示ストーリー」の問題
 貴職が「中間報告」で示した展示ストーリーは、歴史像・時代像の一側面のみを過度に強調して
いるという点に根本的な問題があり、その問題点は展示ストーリー全体に及んでいる。そこで以下
では、上記の全体的な問題もふまえながら、「展示ストーリー」の各項目についてさらに問題点を列
記する。

①「世界中が戦争をしていた時代(B)」
・戦争の時代という一般的な時代認識に解消することなく、なぜ近代日本が戦争を引き起こしてき
 たのか、その原因を歴史的文脈に沿って来館者に考えさせるような展示を行うこと。
・第一次大戦以降に「戦争」の国際的位置づけが大きく転換したことが歴史的文脈のなかで理解で
 きるような展示が必要である。つまり、国際連盟規約やジュネーブ平和議定書などによって領土
 侵略戦争や一定の国際紛争を事実上禁止する戦争違法化体制が成立したこと、この段階で侵略に
 関する国際的な定義が成立したこと、そして日本の中国侵略はそうした歴史段階で行われた事実
 を示すこと。

②「戦時下の大阪の暮らし(C)」
・戦時下における軍隊について、大阪の人々の暮らしと関わらせながら言及すること。例えば、兵
 士の出征と地域住民の送迎、兵士の死と地域(市・学区・町・丁目)葬、出征者遺家族援護事業、
 出征部隊の慰問事業などがあげられる。
・戦時経済と重化学工業化の進展、軍需産業への転換、大阪砲兵工廠の歴史をはじめとした、経済・
 産業の側面についても、大阪の暮らしの背景として触れること。
・大阪で暮らす住民も総力戦体制下の「銃後」として戦争に動員されていた歴史的事実を記すとと
 もに、それが行政と軍隊主導で行われた点について言及すること。

③「多くの犠牲と焼け野原になった大阪(D)」
・戦略爆撃については、その世界史的な背景を説明するとともに、日本軍が上海・重慶などを爆撃
 し、国際的批判を受けた事実にも触れること
・空襲体験の証言や記録画、そして実物資料のもつ様々な情報を最大限に活かして展示すること。
・大阪空襲被害者の追悼の場としてふさわしいように、現在の大阪空襲死没者名簿の展示を残して、
 その作成経緯や現在の編纂状況についても説明するとともに、館内の死没者名簿の体裁について
 も現在の展示より刷新すること。

④「たくましく生きる大阪(E)」
・戦後に大阪府政が推進した大規模開発行政(「通天閣の再建」、「千里・泉北ニュータウンの開発」
 「大阪万博の開催」など)を、大規模災害からの「復興」に重ね合わせるかのように無条件に賛
 美するような展示とならないように配慮すること。大阪空襲の戦災による傷害者や遺族などの戦
 後にも十分に配慮し、戦後の「復興」過程を一面的に描かないように努めるべきである。

 要するに「中間報告」は、設置理念に照らしても、その一面的内容からみても大きな問題を含ん
でおり、根本的な変更が必要である。ついては、府民・市民や専門研究者、関係団体の意見に真摯
に耳を傾けて基本設計の内容を再検討されたい。この点については、大阪歴史科学協議会も協力の
用意はある。

2.ピースおおさかの公益財団法人化による組織改編について
 ピースおおさかに府民・市民の声を!実行委員会事務局に対して、ピースおおさか館長が10月
19日に述べたところによれば、ピースおおさかの公益財団法人化への組織改編に際して、従来のピ
ースおおさか運営において重要な役割を担ってきた運営協力懇談会および平和研究所を廃止したと
のことである。
 しかしながら、運営協力懇談会については、同館の前身である大阪府平和祈念戦争資料室の設置
(1981年)に際して、その基本理念や展示内容・方法などの諸点について府民各界各層の幅広い意
見を聴くために設立された戦争資料室開設懇談会をその母体とし、さらに戦争資料室運営懇談会
(1981~1991年)、ピースおおさか運営協力懇談会(1991年~現在)へと引きつがれ、ピースお
おさか設立以降も、その組織運営において重要な役割を果たしてきた。
 一方、平和研究所については、学芸員のいない当館の調査研究活動を担ってきた組織であり、団
体旅行者にたいする戦争遺跡の案内をはじめ、ピースおおさかの職員だけでは対応できない日常的
な平和普及活動についても、平和研究所の研究員などが担ってきた。
 このように、運営協力懇談会および平和研究所は、ピースおおさかの事業運営において重要な役
割を果たしてきた。現在の公益財団法人の組織として示されている理事会と評議員会だけでは、社
会教育施設であるピースおおさかの運営が不可能であることは言うまでもない。前身の大阪府平和
祈念戦争資料室を含めたこれまでのピースおおさかの歴史をふまえ、運営協力懇談会および平和研
究所が果たしてきた機能を新規の法人組織でも欠かすことのないよう、ここに強く要求する。
以 上    



ピースおおさかの展示リニューアルおよび組織改編に関する申入書(PDFファイル)
ダウンロードすれば、PDFファイルにてご覧になることができます。
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2013-12-18 : 声明・アピール : コメント : 0 : トラックバック : 1
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